絵を描くということ
『絵を描くことは、何かを表現することだ』
と思われることが多いかもしれません。
自分の世界を見せること。
感性を形にすること。
頭の中にあるものを、
作品として外に出すこと。
もちろん、それも間違いではありません。
でも実際に描いていると、
それだけでは言い切れない感覚があります。
絵を描くことは、
ただ何かを生み出すことではなく
思っている以上に
自分自身と向き合い続ける時間です。
何を描くかよりも前に、
自分が本当は何を感じているのか。
どこに違和感があるのか。
どこでごまかそうとしているのか。
そういうものと向き合う時間でもあります。
自分の中の違和感
最初の一筆を置くときは、まだ自由です。
色を置いて、形をつくって
その流れを楽しめる瞬間もあります。
「いいかもしれない」と思えるときもあるし
気持ちよく進められることもあります。
でも、描き進めていくと、
どこかで必ず立ち止まる瞬間がやってきます。
何かが違う。
このままでは浅い気がする。
整っているようで、まだ整っていない。
その違和感は、案外はっきりしています。
完成に近づいているように見えても
自分の中では「まだ違う」とわかってしまう。
その感覚は、ときにとても苦しいものです。
なぜなら、見た目だけ整えようと思えば、
そこで終わらせることもできるからです。
それなりにまとまっている。
人から見れば十分かもしれない。
これでいいと言おうと思えば言えてしまう。
でも、自分の中に違和感があると、
そのままにしておくことができない。
そのときに向き合わされるのは、
絵の問題だけではありません。
自分がどこで妥協しようとしているのか。
どこで「もういいか」
と流そうとしているのか。
どこで本当の感覚より
見た目の正解を優先しようとしているのか。
そういうものが、絵を通して見えてきます。
何度も何度も絵の具を重ねる時間
絵は、本来ごまかしが
ききにくいものだと思います。
何となくで進めたところ。
本当はしっくりきていないのに
そのまま置いた色。
深く感じきる前に、
きれいにまとめようとした形。
そういうものは、表面では整って見えても、
自分にはわかってしまう。
そして絵を見た方も
なんとなく感じれると思います。
どこか軽い。
どこか足りない。
どこか嘘がある。
それを見過ごせる人もいるかもしれません。
でも、本当に向き合おうとすればするほど、
その違和感を置いたまま進むことができなくなります。
自分が納得した絵しか出したくない。
自分が感動しないと
人を感動させることなんてできない。
だから、最初からやり直すことになります。
せっかくできてきたものを消す。
また上から塗る。
もう一度やり直す。
何度も重ねる。
何度も見直す。
効率で考えれば、無駄なことばかりです。
でも、その無駄に見える時間の中にしか、
辿り着けない場所があります。
自分と向き合う時間
絵を描いていると、
「描いている」というより、
「確かめている」に近い感覚になることがあります。
この色で本当にいいのか。
このバランスは
本当に今の感覚に合っているのか。
この余白は逃げではないか。
この重なりは
ただ塗っているだけになっていないか。
そうやって、一つひとつを確かめていきます。
それは、技術的な確認というより
『自分の感覚』の確認です。
自分は何を心地いいと感じ
何を“まだ違う”と思うのか。
どこまでなら本当に納得できるのか。
その問いに、誰かが
答えをくれるわけではありません。
最後は自分で決めるしかない。
だから難しいし、
だからこそ、自分と向き合わざるを得ないのです。
自分自身がその絵に惹き込まれ
目を奪われ、感動し
心から湧き出てくるような感情の感覚がないと
完成と言えないのです。
絵の奥にあるもの
何度も迷って、何度もやり直し
何度も手を止めて
その中で完成したものには
軽さとは違うものがあります。
それは完璧さではありません。
むしろ、
簡単には生まれなかったからこそ宿る
重みのようなものです。
うまくいかなかった時間。
考え続けた時間。
諦めずに向き合った時間。
何度もやり直した時間。
そういうものが、
一枚の絵の中に層として残っていく。
完成した作品を見たとき
見る人にはその全部は見えないかもしれません。
でも、見えないからといって、
そこにないわけではありません。
ちゃんと下に残っているのです。
その一枚の絵の層の中に、
時間として、想いとして残っている。
だから、絵には表面以上のものが
入るのだと思います。
絵を飾った時に感じるもの
「これでいい」ではなく
「ここまで向き合った」
と思えるところまで行けた一枚には
やはり違う空気があります。
そして、その空気は、
作品になったあとも残っていきます。
空間に置かれたとき、
ただきれいなだけではなく
なぜか落ち着く。
なぜか長く見ていられる。
なぜか気になる。
その理由は、
色や構図だけではないのだと思います。
そこに至るまでの向き合い方が、
絵にきちんと残っているからです。
さいごに
絵を描くことは、
華やかな表現というよりも
むしろ地味で、
終わりのない対話に近いのかもしれません。
自分は本当はどう感じ
どこまでなら納得できるのか。
何をごまかして、何をごまかしたくないのか。
その問いに向き合い続けること。
だから絵を描くということは、
作品をつくることでもあり、
自分と向き合い続けることでもあるのだと思います。
そしてその結果として
出来上がった一枚には
ただ完成した形だけではなく
何度も重ねた絵の具の層や
そのときの想いも含まれて
だからこそ、一点ものには
価値ががあるのだと思います。
だからこそ
絵には表面だけではない深さが宿る。
そう思っています。
